逃    ─にげる─











「……そんな話をされても困る。」
「何多串君、嫉妬?」
「違う。だから、俺は警察という立場だ。アイツらじはしょっぴかなきゃなんねェ。それなのに、高杉が桂がどうのこうの云われても困るって云ってるんだ、」
 名もないような場末のホテルの一室。寝台に横たわる土方は、冷蔵庫から酒を取り出して呑み干す銀時の背に云った。二人とも、衣服をまとっていない。
 少し、むしゃくしゃしていた。土方を弄んだ今は、少しばかり気は落ち着いていた。いくどとなく躰を開かせ、あらゆるところに朱を刻み、ぐったりと快感の余裕にひたる土方は今もなお色褪せない。普段がお高いだけに、自分の躰に酔わせるのはとても心地よいのだ。
 高杉が桂ばかりを見ているのが気に喰わない、と銀時は云った。
 それに対して、そんなことを云われても困る、と土方は返した。
「だから……、高杉が自分に振り向いてくれないからって、いつも俺を誘うのか。」
「よしてほしいよ、そういう云うい方。」
「事実じゃあないのか、」
「利害関係が一致しているから。」
 銀時が、土方に振り向いた。
「……利害。」
「キミは誰かさんに許されることのない激しい恋情を抱いていて、しかしそれが叶うことはない。言葉にして壊れるらいならば、今のままでいたいと願う。……違う?」
「……」
「たまった鬱憤を、俺ではらせばいいだろ。」
「お前はたまった鬱憤を俺ではらしているワケ? 高杉とやらと、躰の関係はあるんだろ?」
「多串君も、沖田クンとやらと、躰の関係はある。」
 そこまでの事実を知られているのは、土方にとっては以外だった。しかし、無理もなかった。沖田は、やたら本人の気付かない箇所に痕を残すのが好きだった。
「坂田。お前は逃げているだけだろうが、」
 好きだけれど、その人にはいつも見詰める人がいて。そのことの辛さを、土方は知っている。だが、土方は、銀時のようにその溢れんばかりの気持ちを誰かで埋めようとは思わない。所詮虚しくなるだけだということを知っている。
「多串君はどうなのさ?」
「……俺は、」
 沖田に前云われたことがあった。
 ──本当は近藤さんも万屋の旦那も好きなくせに、どうして正直にならないのかねェ?
 土方が銀時に抱いている気持ちを、土方はよく知らない。なんと名付けてよいものなのか、解らない。しかし、土方が沖田に抱く気持ちは、もっと解らなかった。
 憎悪にも似た愛情か。それとも何か。
 自分は本当は近藤さんを好きなんだと詭弁を浮かべ、沖田にも銀時にも躰を委ねる。
 切なさを埋めているわけではないと、理由を作って。
 汚い欲望をひたすら隠し、近藤さんを好きだと云う口とは反対に、躰は鋭く反応する。


 逃げているのは自分のほうだと思った。
















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