笑 ─えみ─
特にすることもなく、高杉と銀時は縁側に出てぼおっとしていた。
銀時は新聞紙を何となくめくり、高杉は金の花のついた煙管を吹かせていた。やがて、高杉はポンっと灰を落とした。紙の上に灰を落とされ、銀時は睛を上げた。
──これ、イカスだろ。
──まぁな。もらったの。
──遊女がな、ようあんさんに似合いますゆぅて。
──モテるオトコはいいね。
──お前はもてないの。女は。
高杉で充分足りている。
足りるどころかそれだけがほしい、とは、銀時は云わない。
しばらく他愛のない話をしていると、左手の方遠くの庭を、誰かが歩いていた。
──ヅラじゃん。
銀時は、高杉の表情が変わるのを見逃さなかった。
見えるのは桂の背である。
桂はなにやらひょこひょこ歩き、つと、脚を絡めたのか体勢を崩した。なんとか倒れるところは免れたが、ヨロヨロとしそのまま向こうへ去っていった。
──見ろよ、銀時。アイツだっせえなぁ。何もないところでこけてやがる。
──ははッ。ヅラももう年かねェ。
銀時は高杉につられて、少し笑った。
高杉はとても笑った。
自分にはまるで見せることのない表情だ。
高杉は笑うことが多いわけでもないが少ないわけでもない。 しかし、いつも口の端を上げるような、嘲笑にも似た笑いだった。
それが心からの微笑みになるのは、桂を見ているときだけだった。おそらく、本人にも自覚はないし、桂も知らないだろう。
桂を見るときだけ。
自分には見せることのない。
たとえるならば、掌に雪がそっと舞い降りるようなもの。 温かい手に触れて、冷たい雪はたちまち雫になるのだ。
そんな笑みだった。
──高杉ィ。
──何だ、
──……ちゅーしていい。
──頭沸いたか。
特に反論している風でもなかったので、そのまま唇を重ねた。
舌を絡めると、従順に、それよりも激しく舌を絡めてくる。
──ッ……。
あの微笑みは桂だけのものだが、この、自分の舌に指に躰に感じる高杉の表情は、けっして桂は高杉にさせることのできないモノである。
まぎれもなく、桂のものではない、自分だけのものである。
俺だけの。
あさましい事実に優越を感じる自分が、無性に汚く情けなく思えた。
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