葬    ─そう─











 近藤が最後にその一人の名を呼び終えたると、周りからは我慢していたような緊張の糸が切れ、堰を切ったようにあちらこちらからは忍び泣きや咽び泣き聞こえた。どんよりとした暗い雰囲気が辺りを包んでいた。
 過激派攘夷志士との戦争があったのは今から三週間前。何日にも渡る戦を続け、結局は真選組率いる幕府側が勝利した。しかし、真選組では、四十名近くの死者をだした。
 事後処理などを終え、落ち着いてきたのはここ二三日。葬儀はたった今終えたところだ。
 真選組では、切腹や殉死や暗殺など死因は問わずに、どんな者も屯所の庭に遺骨を埋葬する。上に名を書いただけの木札を置くだけだったが、今回の事件で大分庭が狭くなった。まるで、四十名余りの命を象徴するような風景だった。
 葬儀を終えたにもかかわらず、殆どの隊士がその場に残る。まるで、離れた人との別れを惜しみ、少しでも傍にいたいような様子だった。唇を咬んで俯き、涙を流すその姿は、見ていて痛々しい。
 土方は、近藤の姿がないのに気付き、やはりなと呟く。
 ──あの人はいつもそうだ。
 人々を残してさっさと自分は消える。一見、冷たいと思われるかもしれない。しかし、そうではないのだ。
 土方は近藤を追って敷内に戻った。




 案の定、近藤は自室に篭っていた。夕刻も近づき、部屋の中は暗い。
 土方はノックもせずに、室へと入り込んだ。今の状態の近藤では、ノックなど不要だ。
 近藤は土方が入ってきたのにも気付かないようで、胡坐をかいて座り込み、額に手を当てて俯いていた。土方は少し離れて、座り込んだ。
 しばらく、土方は何も云わずにじっと近藤を見詰めていた。すると、ハッと気付いたように近藤が顔を上げた。
「トシ、来てたのか。」
 まるで今気付いたかのように近藤が驚きの声を洩らす。
「ああ。」
 無理に、いつものように笑顔を取り繕う近藤を見ているのがつらい。
 ──アンタはいつもそうだ。
 誰かが死ぬと、鬼のように落ち込む。自分が弱かったからだとか、甘かったからだとか考えて、自分緒の不甲斐なさを嘆き呪い、蔑むのだ。自分のおかげで最小限の犠牲ですんだことに、気付かない。いや、気付いたとしても、犠牲のことばかりを悼むのだろう。 
 こんな時、土方はどうしてよいのか解らなくなる。長い間行動を共にし、何もかも解り合っているのも事実だが、自分では何も出来ない。安易な追悼の名言葉など、近藤が求めていないのは知っている。慰めることも諌めることもできない。自分が情けなかった。
「……悪い、近藤さん。……俺はアンタに何も云ってやることができない、」
 唇を咬んでそう云うと、近藤が弱弱しく土方を見詰めた。しかし、確かに小さな笑顔を浮かべた。
「……何云ってんだよ。そこにいるだけで、ためになることもあるんだよ。」
 そして、ありがとな、と小さく呟いた。


 何かするでもなく、ただそこにいるだけでその人のためになれる存在。
 土方にとっての近藤が、まさにその存在だった。同じことを云われたのが、少し嬉しかった。




 自室に戻る時縁側を見ると、紅の空に黒く影を伸ばすように、小さな墓標が何個も目に入った。
 自分がそこに入ることになるのはいつのことなのだろうと、小さく悪寒が走った。
 そこには、近藤も何もない、酷く冷たい寂しい世界なのだろう。
















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