許    ─許す─











 幕府の官僚に呼び出しを受けた。
 何となく、予感はあった。

 季節の変わり目ともあり、幕府の官僚の入れ替えがあった。その折には、真選組なども呼ばれて顔合わせのような儀があるのだ。近藤と土方はいつも、前に出て挨拶をする。
 その官僚は、別の惑星に勤めていたらしく、任期を終えて帰ってきたのだという。将軍の親戚だということもあって、位はかなり高い。
 土方を見るなり、その官僚はニヤリと笑った。土方はそれを見逃さなかった。
 ──またか。
 その儀の終った後である。小姓の少年のような者が、主人が呼んでいる、と土方のもとにやってきたのだ。解った、と土方が云うと、少年が少し困ったような哀しそうな表情をした。
 即座に、この少年もあの官僚にいいように弄ばれているのだと理解した。




「真選組副長の土方です。……只今まいりました、」
 恭しく頭を下げ、入れ、と云われて室に入った。きわめて豪華なつくりである。室の屏風は金箔をまとい、行燈の燈にキラキラ輝いていた。隅には大きな壷や掛け軸、真っ赤な赤い花が生けられている。天上は黒漆塗りで、そこには中国画のような大きな龍が描かれていた。
 土方はそれに見とれていたが、近う、と声をかけられて、おずおずと男のもとへと腰を下ろした。
「ふむ。土方……と云ったな、」
「はい。」
「近くで見ると、尚美しい顔をしている。漆黒の髪に、その強気な黒睛が、また、たまらんな。」
「……おそれいります、」
 男の手が伸びて、土方の頬に触れようとした。避けたい気持ちはあったが、それを押し込めて、触れてくる男の手を受け入れた。頬を撫でるそれはやがて首元に滑り込み、耳の下と首とを何度も撫でた。
「……あ……、」
 自然と、声が洩れた。
 その声に満足したように、男は手を服の中に潜り込ませた。左手で土方の胸をなで、右手で白いスカーフを取り、服をはいでいく。器用な技だ。この男は相当遊びなれているものだな、と土方は思う。しかし、土方もまた、馴らされているのだ。
「やめて……下さい、」
「何を云うておる。嬉しそうな声を出しよって、」
 男はすぐに土方の上を脱がし、次はズボンへと手をかけた。沈黙の中に、ベルトをはずすカチャカチャという音が響き渡る。その間、男は土方の胸に下を這わせ、その尖りを何度も舐めた。
 ズボンの前を開けると、男は手を中にすべらせて土方に触れた。胸を嬲りながら。
「……は…ッ……あ……、」
 土方の呼吸が乱れていった。白い土方の肌が、紅く色づいてゆく。
「良い子にしておれば、もっと真選組の待遇をよくしてやろう。」
 その言葉に、土方は男の首元に手を回した。少し苦しそうに、しかし、かなり快感に酔ったように息を乱しながら。すると男が笑みを深めた。
 自分の権威を翳しながら、躰を求めてくる男がどうすれば喜ぶか、土方は知っていた。始めは狼狽し少しだけ抵抗して、それから従順に色に乱れていけばよいだけである。
「……あ、あぁ────、」
 小さく声を洩らして、土方は男の手に白濁を吐き出した。男はそれを舐め、今度は自分の衣を乱した。男の股の間は、すでに昂ぶっていた。
 次に男は、土方の後腔に指を潜めた。すでにそこは土方の液で濡れており、男の指を二本、三本と容易に引き込んでいった。
 やがて、男は土方の両膝を掴んで高く持ち上げた。
「──あ…………、」
 それからは、土方はひたすら呼吸を乱して悶え、身体を揺らした。





 二度目の交わりの後、男は土方を解放した。
 熱を躰に取り込んだまま、土方は快感の余響にぐったりとシーツの上に体を横たわらせた。いまだその躰は紅く染まり、艶を含んで上下している。
「良い躰をしている、」
 男は満足そうに土方の頭を撫でた。

 真選組のためといえども、自分は躰を売っている。
 その事実が、土方の意識を消沈させた。
 高官僚に云われれば、断ることはできない。なす術もなく、自分の意思を押し殺して、されるがままに躰を開くしかないのだ。
 今までに、一体何人の人に、こういった関係を迫られたのだろう。何故自分だけがそういうめに遭うのか、さっぱり解らなかった。立場を利用して下のものを嬲ることに興じる男達が、許せなかった。
 しかし、拒みこそすれ、自分がその躰が悦びを感じているのは、否めもしないことだった。真選組のため、という理由を作って、護っているフリをしている。
 土方が本当に許せなかったのは、汚い男達ではなく、その男達に与えられる快楽に酔いしれてしまう自分自身だった。

 土方が顔を布団に押し付けて唇を噛み締めたとき、ガラリ、といきなり襖が開いた。
 土方は体をうつ伏せにしていたし、意識は少しぼんやりしていたので、その人物が誰だかはよく解らなかった。確かめようとする気持ちさえなかった。
「何だ、お前か。」
 男の知り合いのようである。その知り合いは、男よりは大分若そうな声をしていた。
「結構遊んでるんじゃン、」
 土方の聞き覚えのあるような声だった。
「知り合いか?」
「まあね。……そうだな。こいつとは、あんたを通して穴兄弟ってところか、」
「ほう、」
 若い男が声を立てて笑った。笑い声に、土方はその男の正体を知った。
 重たい体を起こして、その男を見据えた。白い包帯に、鋭い眼光を携え、紅く目立つ着物を羽織っている。
「……高杉、」
 土方が脇に転がった自分の刀を取ろうと手を伸ばしたが、あっさりと高杉がそれを掠める。
「血気盛んだねェ。……そのくせ乱れやすい、」
 そう云って、高杉は土方の股の間に手を伸ばした。
「コイツ、いい躰してるでしょ? クセになるんだよね、」
「ふん。その気持ちも解らなくはない。」
「生憎初めてはもらえなかったんだけどね。淫乱に育つには充分に貢献したよ。」
「高杉、……お前も充分淫乱だ。」
 男が高杉の首元に唇を寄せた。そのまま舌を這わせて、高杉の赤い着物の合わせを開いていった。
「あぁ俺ね。ここで猫やってるの。この人さ、お金たくさんくれるんだよね。そのクセ、上手なんだから、文句云うところがない。」
 高杉が男に抱かれたまま土方を見詰め、クスリと笑った。
 男は暫く高杉の首元を弄んでいたが、やがてそれを離すと、自分は衣をまとった。
「どうしたんだよ?」
 高杉が首を傾げた。男は、気味悪いくらいに口元を歪めて笑った。
「高杉、土方を抱け。」






 何度目の交わりになろうか。
 高杉は執拗に土方を嬲り、弄んだ。しかも、笑みを携えた男の前にすべてをさらして。
 自分が乱れているところを、第三者に傍観されることの羞恥の気持ちはあった。しかし、それを超える快感が、土方の意識を麻痺させていた。
 男は酒を持ってきて、自分で酌をしながら、二人の興を見入っていた。いかにも満足そうだというような表情をしている。
「高杉、もっとだ。」
 その言葉に頷くと、高杉はいっそう深く自身を土方に含めた。
「…あ、あ……ン………あぁ……、」
 土方が、苦しそうに、けれども快感打ち震えたような声を出した。土方はすでに全身の力を失っており、ただひたすら呼吸を乱すだけである。
「…もうッ……ムリ…………、」
「ムリじゃないだろ? 悦んでるだろ? なぁ……土方?」
 高杉の躰の上下に合わせて、土方の声も揺れる。
「……ぁ…ンぁ……、」
 土方は達した。もう何回目だか解らない。すでに土方の躰は自分と高杉との白濁で、猥らに濡れていた。
「はぁ…はぁ……あ………、」
 開放された土方は、苦しそうに何度も肩を揺らした。色づいた躰が、呼吸に合わせて上下していた。
「ふ、良いものを見せてもらった。」
 さも満足そうに頷く男に高杉は近づき、囁いた。
「まだ、だろう?」
 高杉は男に躰を寄せ、男の胸から腹、そして股間へと人差し指をすべらした。魔性の笑みを浮かべ男の耳に甘い息を吹きかける。
「俺達の戯れを見て……あんただって我慢できないんだろう? ……ホラこんなんなのに、」
 そう云いながら、高杉は男の衣の合わせを開き、高ぶった男のモノに触れた。
「アレだけ土方を喰べておいて、まだ足りないのか? しょうのないヤツだな、高杉は。」
 男の言葉が終るか終らないか、高杉は唇を重ね、舌を絡めた。首筋に手を回し、もっと深く呼吸が混じり合うように躰を擦り付ける。
「もう大分濡れてるから、今日は馴らす必要がないようだな、」
「……いつだって馴らしてないじゃん、」
「それはお前が……痛いのが好きだからだろう?」
 男は高杉の腰を持ち上げ、座ったままの姿勢で自分のモノを高杉に挿入した。いつものように焦れることなく、高杉はあっさりと男を受け入れてゆく。
「……興奮しているんだろう、高杉? ──先まで抱いていた男の目の前で、別の男に抱かれるんだ。ムリもないだろう?」
「あんたこそ、両手に花、……だろう。」
 高杉の息は乱れている。堪えきれないように、もっと、と何度もせがんでいる。
 その様子を、土方はぼんやりとした意識の中で見ていた。自分を抱いた男が抱かれている姿を見るのは、とても奇妙な感じがした。そしてたまらない程の嫌悪感を覚えた。それは自分自身にだ。


 ──近藤さん、許してくれ。
 ──俺は、あんたの真選組のを汚している……。


 土方の意識は次第にぼんやりとしていく。
 その意識の中で、高杉の喘ぐような声が響いていた。
















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