猫    ─ねこ─











 屯所から僅か離れて数十メートルの角のところに、猫が捨ててあった。みずぼらしいダンボールにまだ幼い黒猫が一匹、にゃあにゃあ鳴いていた。
 そんなに鳴いているといつかは副長に斬られるぜと思いつつも、山崎はその隣を通り過ぎた。猫の愛くるしい睛に見詰められたけれど、仕事で急いでいたから放っておいた。アイ●ルのCMがそろそろマンネリ化してきたから、次はこういったネコを使うことが相応しいと思う。演技ができるかどうかは解らなかったが、つぶらな瞳は大衆にうけるだろう。
 一時ばかりして仕事を終えて帰ってくると、その猫はまだいて、今度もじぃっと見詰められた。思わず引き寄せられるように傍に近寄った。すると、猫がにゃあ、と鳴いた。あぁ女の人に落ちる瞬間の気持ちってこういうモノかな、と思いつつも、山崎は牛乳を取りに行った。
 一心不乱に猫は牛乳を呑んでいる。
 本当は飼ってやりたいのだが、そんなことをしたら怒った土方に捨てられるか、沖田に食物にされるかどちらかである。
「じゃあ、」
 何猫に話しかけてるんだよと自身につっこみつつ、山崎は屯所に戻ろうとした。
 するとどうだろう、猫が山崎についてきた。
「え。うっそぉぉぉ!! ……ちょ、ついてこないでって!! 副長に斬られるか、沖田さんに丸焼きにされるかどっちだから!! イヤ煮物かな、」
 取りあえずは逃げ切ることが出来て安堵した山崎だったが、壁にでも穴があったのか、猫が再びついてきた。そこでまたにゃあの一言。
 ──カワイすぎだって!!!!
 山崎は、頼み込んでみることにした。近藤に云えば許可をくれるだろう。すると土方も沖田も認めないわけにはいかなくなる。我にしては名案だと、近藤の部屋に走った。
 それなのに、室にいたのは土方と沖田だった。そして近藤はいない。
「うっそぉぉ……!!」
 小さい猫を胸に抱え、山崎は二人の間に正座した。ギロリと土方に見詰められ、身を竦める。
「こんなとこに、そんな不浄なもの持ち込むな。」
「……大丈夫です、副長。人間が一番不浄ですって、」
「山崎のクセによく云うじゃねェか。」
「土方さんが一番不浄だと思いますぜ。」
「お前ら斬られたいか、」
 暫く説得して、やっと土方が許可をくれた。
 すると、沖田がじぃっと山崎を見詰め、次は土方を見た。
「俺もペット欲しいでっせ、土方さん。」
 厭な予感がすると眉間に皺を寄せた土方だったが、沖田は構わずに言葉を続けた。
「俺も、飼っていいすかね。山崎がよくて俺が駄目っていうのは、絶対絶対ありえませんよねェ?」
「……あぁ解った解った。」
「前から飼いたいモノがあったんですよ。いいですね?」
「好きにしろ。」
 じゃあお言葉に甘えて、と云って沖田は土方の首に縄をかけた。
「ちょっっとぉぉぉぉ!! 何やってんのお前!?」
「飼っていいって云ったじゃないですかィ。男に二言はないですぜ?」
「首に縄かけられるくらいなら、三言くらいは云ってやるって!! ……オイ外せって、コラ。……あ、取れないし。や、頼むからそれ以上きつくするのやめて。三途の川見えるから。」
「落ち着きなせェって、土方さん。なぁ、山崎だって土方さん買いたいよなぁ?
 いきなり話を振られて驚いた山崎だったが、ボソリと云った。
「……俺はどっちかというと、土方さんに飼われたいです。」
 一瞬にして空気が凍る。
「お前半、これから暫く、俺の半径一メートル以内にはいるな。」
 絶対零度の笑みを浮かべ、土方は首から縄を取って山崎の首にきつく絞めた。それを柱にギュッと結びつける。
「ちょっと……放置プレイするつもりですか!! ……ねェ、三途の川見えるから!!」
 山崎を残して、二人は室を出て行った。おそらくは、近藤が戻ってくるまではこのままだ。そして山崎は、近藤が出張で明後日まで戻らないことを思い出した。
「うっそぉ……、」
 猫が愛くるしく、にゃぁ、と鳴いた。
















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