もしもその時が来たのなら                                   





 坂本の服には、胸の左右に内ポケットがある。右側には小銭ばかりがじゃらじゃらとする財布。左側には──。
 坂本はそれを取り出して机の上に置いた。ゴトリ、と重い音がする。
 黒い塊のそれは──拳銃だった。


 いつの頃だったろうか。大分昔の話だ。
 高杉が外地へ行った折に、二丁購入してきたものを一丁譲り受けたのだった。








 * * * * * *











「ホラ、見ろよ。」
 高杉は懐から黒い塊を取り出し、ヒラヒラと坂本の前にかざした。
 坂本といえば大の拳銃好きで、沢山のものを蒐集していた(マニアなみ)。だから高杉の持つ少し形の違う外国製のそれに、目が輝くどころか星が出んばかりである。その表情に、高杉は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「スミス&ウェッソンU型32口径、六連発。」
「どうしたんじゃ、それ、」
「上海で購ったんだよ、」
「……さ、触ってもいいか、」
「触るだけだぜ。」
 本当は坂本にもあげるために二丁購ったのだが、散々自慢して焦らして苛めてやるつもりだ。
 坂本は、銃をかざしてみたり左右に傾けたり、斜めから横から、と穴があくように眺めている。
 ──まるでガキじゃねェか。
 高杉は苦笑する。
「特別に、あげてもいいぞ。」
 その言葉に坂本は更に顔を輝かせる。
「ただし、条件があるがな。」
 高杉が快くこういうことを承知するときは、無理難題を引っ掛けたり云うことをきかせたりといった裏が必ずあるのだ。坂本もそれをよく知っていたが、それをも超越する期待があった。
 高杉は銃を渡すに当たって、幾つも坂本に条件を出した。その度に坂本は眉間に皺を寄せたが、承知を重ねた。
 高杉は息をついて云った。
「最後に──、」
 まだあるのか。と坂本は驚いたが、彼が何も口に出さなかったのは、高杉が今までとは打って変わった真面目な表情をしたからだ。普段浮かべている薄笑いすらない。
「最後に、もう一つ約束をしろ。」
「……なんじゃ、」
 坂本は息を呑んだ。
 薄笑いのない高杉の表情は、やたらに坂本を不安にさせた。
「もしもの時があれば、──これで俺を殺してくれ、」
 まるで世界中の音がやんでしまったようだった。沈黙が痛い。
 坂本は瞠目することも忘れて、高杉を見詰めた。
「……もしも俺が壊れてしまったら、その時はこれで俺を殺せ、」
 掌にのせられたそれは、どっしりと重い。
「な、何云っとんじゃ。冗談もほどほどに……、」
「冗談、じゃない。……冗談じゃあないんだ。」
「じゃあ、何でそげなこと──、」
「桂にはそれはできない。銀時はそんなことはしない。頼めるのはお前しかいない。」
「────………、」
「お前にしか、頼めない。──約束してくれるな、」
 いつかそういう時は来る。
 高杉は、そう、小さく呟いた。












 * * * * * *








 坂本はそっと銃を懐にしまい込んだ。
 その時が永劫に来なければいいと願ってはいるが、案外その時はもう来ているのかもしれない。
 狂気に走る彼が、壊れているのかそうでないのかは、坂本には計り知れぬことだった。
 あれから何年もたったが、坂本が高杉にそれを使ったことはない。







 もしもその時がきたら、自分はそれで高杉を殺せるか。

 坂本には解らない。




















史実で、高杉が上海に行った時に、坂本に拳銃をあげたと知ったことよりできた産物。
しかし坂本は寺田屋事件でなくしてしまったそうです。
ヲイ、坂本ォォォォ!!!!!
後には、似た型のものを購入したそうです。


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