夏の日の涼 |
正午を過ぎて暑さの勢力も増し、身体の心から溶けそうになるくらいの温度に、桂はゆっくりと額の汗を拭った。 早く家に帰ろう。桂の家は、どういうわけかいつも涼がある。冬場は泣きそうになるくらいのものだが、夏場は程好い避暑になる。縁側の窓を開け換気をよくし、風鈴の音と主にうたた寝をする瞬間は心地よく、夏の醍醐味といえる。 家屋に戻ってガラリと戸を開ける。カラリとなる鈴の音と共に、玄関に見慣れた黒い下駄と見慣れぬ赤い女物の下駄が眼に触れた。 家の涼だけではない、明らかに自身の体温が下がっていくのを感じた。 桂は溜息をつくと、その二人がいるであろう室に向かった。 戸に着く前から、女の声が聞こえた。その嬌声に混じって、時折、低く笑ったような男の声が聞こえる。 その前でもう一度溜息をつくと、桂は何も云わずにその襖を開いた。 「……、」 矢張りである。 高杉と見知らぬ女がいた。しかも、高杉は衣を引っ掛けたような裸同然、女にいたっては一糸も纏わない姿である。僅かに色づく女を腹に乗せ、高杉は妙な笑みを浮かべた。 「お帰り、」 女が恥辱に頬を赤く染め困ったように高杉を見た。すると、高杉はその女の腰を掴み、乱暴にそれを引き剥がした。いまだ繋がっていたのだろう、女は僅かに艶のある声を洩らした。そのままぐったりと、情交の余韻を残して、褥に横たわった。高杉はその女のことはすでに忘れたかのように褥から腰をあげ、衣の前を止めた。 桂は溜息をついて冷たく云い放った。 「女もろとも帰れ、」 人の家の人の褥で行為に至るなと責めるつもりはなかった。責めるのが無駄だと解っていた。こういうことは初めてではない。高杉は、わざとやっているのだ。 「非礼は構わぬから、一刻も早く立ち去れ。」 「だってさ、」 そう云って高杉は女を立ち上がらせると、着物を投げて早く着るよう急かした。それがすむと、背を押して部屋から出るよう促す。自分は移動しないつもりだ。 「お前もでていくのだ、高杉。」 その言葉を流し、女が高杉なしに出て行こうとしないのを見、高杉は表情を歪めた。 「早く去ね、女。斬られたいのか?」 もの凄い形相で云われ、女は肩を震わせて去っていった。後には沈黙が残る。桂は侮蔑を露にした冷たい視線で高杉を見た。 「帰れ。」 「云うことはそれだけ?」 「……他に何がある、」 高杉が薄笑みを浮かべて、桂の頤を取った。眉根を寄せてそれを振り払おうとした桂だったが、予想以上に強い力で掴まれ、あっさりと唇を奪われた。 その高杉の躰から、僅かな女の香と情交の名残の匂いがした。嫌悪感が隠し切れない。桂は殴りにもにた手で、高杉を引き離した。 「寄るな、」 「怒ってンのか?」 「怒る理由などないだろう。」 「……ふぅん、」 そういって高杉は乱れた褥に腰を下ろした。その布団を引き寄せて、鼻をスンと寄せる。 「いいね。お前の匂いがする。……今日の女は最悪だったけど、これにお前が毎日躰を横にして寝 ているのかと思うと、それだけでイけたぜ、」 「……下劣な、」 嫌悪と侮蔑を露にした桂を見、高杉は腕を引いた。振り払おうとする桂の髪を引いて、褥に引き倒した。 「あの女の黒髪も綺麗だったけど、お前には敵わねーよ。」 そういって髪に唇を落とし、次には桂の唇を捕らえる。 「離せ、」 高杉のこういった行動に、桂はすでに慣れすぎていた。至って冷静だ。高杉にとってはそれがつまらないから、もっと桂の表情を揺らすべく、次には行動が深くなる。 帯を引こうとしたところ、桂が高杉の手に爪を立てた。 「俺があの女に嫉妬したと……そう、云えば満足か?」 感情を込めず云われた言葉に、高杉は眉根を寄せる。苛立ちを覚え、高杉は桂の髪を強く引いた。桂は痛みに顔を歪めたが、引きはしなかった。 「お前の遊戯に付き合う暇はない。」 「遊戯で終らせるつもりはない、」 「生憎だ。これから銀時が来る。」 「三人でもいいぜ、」 「……ふざけるな、」 桂の表情にはっきりとした怒りが含まれたのに対し、高杉は満足な気持ちを感じ、桂から身体を離した。隠していたが、桂はほっとしたような表情をし、身体を起こして乱れた衣を正した。沈黙が続き、桂は高杉の顔を見ようとはしない。 「小太郎、」 「何だ、」 高杉が次の言葉を何となく躊躇っていると、玄関の呼び鈴が鳴り、ヅラァという銀時の呼び声がする。 「何だ。本当だったのか?」 「俺はお前とは違う。嘘などつかない。」 「俺だって、お前には嘘はつかねェよ。」 「……嘘ばかり、」 入ってきた銀時が、二人の姿を認めてボリボリと頭をかいた。 「アレ、俺ってもしや邪魔した?」 「ああ。おかげでしそこねた、」 高杉の言葉を桂が無視する。 「いや、いいところに来てくれた。……じゃあ、出かけるぞ。」 桂が腰をあげると、高杉が俺も行くと云い出した。 桂は明らかに厭そうな表情をしたが、高杉は引かなかったし、銀時も良いと云ったので桂も許可することにした。 「その前に、……風呂に入って来い。」 高杉が肩をすくめ浴室に向かった。高杉が消え、銀時は口を開いた。 「お前と高杉って仲悪いのか良いのか解らねェ。」 「良くなどない。」 「……ぶっちゃけ、ドコまで行ってンの」 「斬られたいか。」 「いえ。」 二人は、そのまま座り込んで高杉が来るのを待った。 |
高杉は桂のことが好きなんだけど、いざ二人になると、こういう殺伐とした雰囲気だったらいいなぁと思います。 桂に至っては、高杉には非常に冷たいと嬉しい。高杉は、そこがまたたまらないんです。 |