だいたいの約束の五時を僅かにすぎて、イールフォルトはロイの中学校に云った。場所は正門。何故か其処を嫌がったロイだったが、他に場所を考えるのが面倒だったので其処に決めた。
迎えに行くと、彼は門に寄りかかって、小さくなってしゃがみ込んでいた。俯き膝に顔を埋めている所為か、イールフォルトがやってきたことに気付かない。
「おい、」
声を掛けると、ロイはほっとしたような表情でイールフォルトに走り寄ってきた。
stay-with
「……来てくれないかと思った、」
釈然とはしないが、約束はしたのだ。責任感、ということではないが、約束を破るのは好きではない。
自転車の後ろに乗ったロイは、落ちるとでも思ってるのだろう。ロイの腹に手を回してきつく掴んでいる。子供に抱きしめられるというのは、何だか妙な気分だ。
「おいカス。俺に掴まるな、くすぐったい。」
イールフォルトの言葉に、ロイは慌てて掴まる場所を変えた。
それにしても、ロイは酷く軽い。後ろに載せていても、あまり重さを感じない。
曲がり角を曲がる時は、少しスピードを落とす。それでも落ちそうになってあたふたしているロイの様子が背中越しに伝わってきた。
夕食はチャーハンに野菜炒め。
夕食作りを手伝いたいと騒ぐロイをテレビの前に座らせ、即席で作った。
ロイが、野菜炒めに入っているピーマンと人参を除けている。
「……おい、カス。何やってる、」
「……ピーマン……、」
「お前、そんなんだから貧相なんだ。残すなよ。米粒一つ残すな。」
「……イールが食べさせてくれたら、食べる。」
死ね、と視線で一蹴。
ロイはしゅんとして、ピーマンを口に含んだ。
食器洗いと片付けは二人で行う。ロイは何かと手伝いをしたがる。しかし、もたもたとしていることが多いので、猫の手程度だった。もう既に二枚も皿を割られた。
「そういえば、イールって何で一人暮らしなの? 寂しくないの?」
ロイが皿を拭きながらイールフォルトを覗き込む。
イールフォルトは、だいたいのことを言葉短かに云った。
もともと、イールフォルトの家系は道楽家が多い。彼の両親もそうであり、半年に二度は海外旅行に行っていた。イールフォルトは学校があったし、休暇であっても、飛行機に乗っている長い無為な時間が厭だった為、スペイン、イタリア、フランス、ギリシャ、ドイツ、オーストリアを制覇してそれ以降両親についていかなくなった。
ある日、イールフォルトは一人り暮らしをしたいと両親に云いだした。二人の忙しない様子に落ち着いて勉強が出来ない、ということを仮の理由に。親が道楽家で好きにしているのだから、自分も好きにしたいと云った。
定期試験で十位以内に毎回入ることを条件に、親は許可をくれた。自慢ではないが、八位以内をキープしている。
放任主義の家庭だ。時々旅行先から絵葉書が届く。帰ってきた時、たまに共に食事に出掛ける。けれども、疎遠だというわけではなかった。
誰かと一緒に暮らすというのは、イールフォルトにとっては久しぶりのことだった。
「寂しいどころか万々歳だけどな、」
「……ふーん。イールってすごいねぇ。俺、絶対一人暮らしなんてできない。」
イールフォルトはロイを見つめた。こっちが聞きたいくらいだった。
「お前の方は? 何で預けられてんだよ。母親何してるんだ?」
「んー、……解んない。」
「解んないって、お前……、」
あっけらかんとした様子に、矢張りこいつは莫迦なんだろうとイールフォルトの中で結果付いた。
イールフォルトは、ロイの表情が一瞬曇ったことに少しも気付きはしなかった。