「イール、全然俺のこと覚えていないんだもんなぁ……、」
あれから、また二度抱いた。
暫く放心した後、二人はベッドに横たわっていた。
そこで、ロイはイールフォルトに話しを始めた。以前に、二人は会ったことがあるのだと云う。
「その時の俺すっごいすさんでて……学校ではいじめられるし、親とは喧嘩するし……俺なんかどうでもいいやって思って、夜の街に出てきたんだ。したら、やばそうなお兄さん達にどっか連れて行かれそうになって……そこをイールが自分の連れだって云って助けてくれたんだよ。」
その手のことは、この界隈ではよく起こることなので、イールフォルトもあまり記憶していなかった。
「そんで、大丈夫かって云ってくれて駅まで送ってくれたんだよ。……俺、優しくされたの嬉しくって、……イールには大したことではなかったのかも知れないけど・・・。・・・そんで俺、イールにもう一回逢いたくて……、」
気付けば、ロイが泣いていた。
「……おい、」
イールフォルトが慌てた。
「俺、こんなことしたかった訳じゃないんだ。……ただ、もう一回逢いたいって、話したいって思っただけなのに……、」
うっ、うっ、とロイが嗚咽を上げ始めた。
「莫迦みたいな話だろうけど、俺は……イールのことが……ずっと好きだったんだよ、」
stay-with
「莫迦みたいな話だろうけど、俺は……イールのことが……ずっと好きだったんだよ、」
告白は何度も受けたことがあったが、こんなに心に響いた告白は初めてだった。
「……ロイ、」
イールフォルトはどうしていいか解らず、おろおろした。普段、泣いている女性を慰める時はどうしていたか。思い出せない。慌てていた。
「……ロイ、」
名前を呼んで顔を上げさせる。涙に濡れた頬を眦を拭う。それでも、涙は溢れない。
「イールって、セックスの時も綺麗なんだね。……俺、初めて逢った時、凄い綺麗な人だって思ったよ。……一目惚れだったんだ。」
そう呟いて、言葉を続けた。
「本当は好きでいられるだけでいいんだ。……泣いたりしてゴメン。」
覚えず、イールフォルトは、ロイを抱き寄せた。濡れた頬の冷たい感触を胸元に感じる。
――こんなに小さな細い躰で。
その小さな躰のどこにその情熱があるのだろう。
そして、心地良い疲労感が、そのまま二人を眠りへと誘っていった。
イールフォルトが目を覚ましたのは、カーテンの隙間から洩れる光の筋と雀の囀る声だった。
――寝てしまったのか。
イールフォルトは「仕事先」寝て朝を迎えるということはない。どんなに遅くても、相手の家に泊まったことはなかった。
隣を見れば既にそこには誰もいない。手を這わせれば、僅かに温もりが残っていた。
「……ロイ、」
何処かへ行ってしまったのかと焦ったが、それだけのことを自分はやってしまったのかもしれない。昨日の、泣いたロイを抱きしめたその躰が小さく震えていた感触を思い出した。
しかし、イールフォルトの心配を余所に、台所の方からロイがやってきた。
「おはよう、イール。……朝御飯食べて行く?」
昨日の泣き顔の片鱗は少しも見せない。曇りのない笑顔だった。
「ああ。……頼む、」
朝御飯は食パンにスクランブルエッグにハムという簡単なメニューだった。
食事を終えると、ロイが無言で紙幣を差し出した。
昨夜の「仕事」の賃金だった。
その手が震えている。
所詮、ただの「ホスト」と「客」でしかないという事実が、ロイを震わせていた。
イールフォルトも無言でそれを受け取った。
「……体調は?」
初めてだったのにも関わらず、イールフォルトは理性が折れてつい突っ走ってしまったと思っていた。
「……大丈夫だよ。……たかが客なんだから、そんなに優しくしなくていいよ、」
強がっている、とイールフォルトは感じた。
しかし、その強がりは、直ぐに崩れる。
「……優しくしないでよ、惨めだから。」
イールフォルトはどうしていいか解らず、困惑の表情を浮かべた。あまりにも自分が不甲斐なかった。
「……ごめん。イールを困らせたいわけじゃなくて……。……あの、俺、頑張ってバイトするから、……また逢ってくれる?」
ロイが俯いて、イールフォルトの手を取って、愛しそうにそれを抱きしめた。
「ああ、いつでも来てやる。」
そして、さっき受け取った紙幣をすべてロイに手渡した。
「これ、宿泊代と朝食代。……次に俺を買う時に取っとけ。」
ロイは紙幣も受け取らずに、ポカンとイールフォルトの顔を見つめている。
ホストが金を取らずに関係を持つ、ということの意味が、今一理解できないようだ。
「……解んねェかな。……解らないならそれでいいけど、」
理解してもらうのに、時間を掛けて待つというのも、それはそれでいい。
何故ならば、ロイの方はもっと長い間自分を待っていたという事を知っているから。
「それと、」
イールフォルトは、ロイに手を出させる。机の上にあった油性ペンで、腕に数字を書いた。イールフォルトの携帯の番号だった。
「店通すっつうのも七面倒だから、次からは直で俺に連絡しな。」
漸く、ロイはことを理解したようだった。
途端に、ロイはポロポロと大粒の涙を零した。
「イール、」
「ったく、お前は泣きすぎだ。ガキはこれだから……、」
そう云って、イールフォルトはそっとロイを抱き寄せた。
「長い間想ってくれてありがとな。」
愛なんて莫迦だと思っていた。
そんなものどうせ偽物だと思ってた。
偽物だったのは自分だ。
莫迦なのは、それを莫迦だと思いこんでいた自分だったのかもしれない。
ロイが云う、昔の出逢いのことを、イールフォルトは覚えていなかった。
――でも、もう必要ないだろう?
これからは、二人で新しい日々を作るのだから。