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「ふむ、」
 とウルキオラは感心したように呟いて、今し方読んでいた小説を閉じて机の上に置いた。その小説の題名は『名犬ラッシー』。
 暇つぶしに読んでみた小説だったが、思いの外、心に響いた。
「おい、シャウロン。」
 ウルキオラは、執事の名を呼んだ。
「何でございましょう、ウルキオラ様。」
「出掛ける用意をしろ。」
「はっ。……どちらの方へ。」 
 慇懃に頭を垂れる執事に、小さく笑みを浮かべてコートを羽織る。
「俺は犬が欲しい。」












     stay-with        



        le maitre et son chien   001





















 車を走らせながら、シャウロンは溜息を吐いた。何だか小説を読んでいたのは知っていた。それに、涙を滲ませながら鼻をかんでいることも知っていた。またどうしようもないことを云いだすのでは、と思っていたが、その通りに「犬が欲しい」と云われた。
 この地域は、上流階層や下流階層問わずに犬を飼っている家庭は多い。従って、ペットショップだけではなく、犬の販売を専門に扱う店も多数ある。
 すでにペットショップ三件、犬の専門店を四件回った。
 ゴールデンレトリバー、シベリアンハスキー、シェパード犬、ビーグル犬、ポメラニアン、ラブラドール、ダックスフンド、チワワ、パピヨン……など様々な犬を見たが、ウルキオラは頷かない。
「頭が悪そうだ、」
「毛並みが悪い、」
「瞳の色が汚い、」
「尾が短い、」
「肥えすぎだ、」
 と、ウルキオラはゲージの中の犬を眺めて短所を並べ立てる。中々理想の犬が見つからないらしい。いい加減、シャウロンは疲れてきた。
「……ウルキオラ様。どのような種類が良いのですか?」
「ラッシー犬だ。」
「……ラッシーは種類ではなく、固有名詞です。あれはコリー犬と云います。」
 ウルキオラは犬の知識など皆無だ。
「……では種類ではなく、どんな犬がいいのですか?」
「ふむ……そうだな。珍しい犬が良いな。あと、頭の良い犬。」
 二三度頷き、シャウロンはあるゲージから動物を取りだした。
「このような犬は如何ですか?」
「……それは猫だろうが、」
「いえいえ、珍しい"犬"だと思えば、」
 早く終わらせたいと考えたのだろう。シャウロンは猫を取りだして、それを犬だと云って見せた。
「お前、いい加減帰りたいと思っているだろ。」
「当たりです。」
「解雇するぞお前。」
「私は貴方のお父様に仕えているのであって、貴方に仕えているわけではないのですよ。」
 表情変えず云われ、ウルキオラはチッ、と舌打ちをくれた。
「じゃあ、あと一件だけ行ってくれ。それでなかったら諦める。」
 しぶしぶ、という形で、シャウロンは車を走らせた。
 結局、最後の一件を回っても、ウルキオラの目に適う犬は居なかった。
「だいたいですね、犬といっても面倒なんですよ。貴方、毎日散歩に連れていくことができるのですか? 貴方が欲しいと云い出したんだから、私どもが散歩する義理はないんですからね。とても面倒臭がりやな貴方が毎日散歩するとは考えがたいですけど。」
「……うるさいな。」
 小言を云われながら、店を出る。シャウロンが車のドアを開け、ウルキオラはそれに乗り込もうとした。
「……あ、」
 ウルキオラが小さく声をあげる。
「如何なさいました?」
 ウルキオラの視線は、自分を超えて向こうの方を見ている。シャウロンは、つられたようにウルキオラの視線を追った。それは公園の入り口を見ていた。
「……え、ウルキオラ様、」
 ウルキオラが、つかつかと、公園の方へ歩いていく。焦ったように、シャウロンもそれを追う。
「ふむ。この毛色は珍しいな。見たことがないぞ。」
「……、」
 シャウロンは言葉を失って、それを見つめた。
 それは、酷く痛んでいるように見えた。
 喧嘩でもしたのだろう、少し汚れた体に、ところどころ血が滲んでいた。ウルキオラが珍しいといった水浅黄色の毛は、泥と埃と草などで汚れている。
 それは、自分を見つめる二人に気付かずに、体を丸めている。喧嘩に倒れ気絶しているのだろう。
 ウルキオラはその水浅黄色に触れた。
「……ウルキオラ様、手が汚れます、」
「構わん。」
 泥や埃をはらう。すると、先よりも見事な水浅黄色が覗く。
「これは、瞳も水浅黄色だと思うか?」
 そして、ウルキオラはそのまま顔、鼻とそれをじっくりと見つめる。
「……あの、ウルキオラ様?」
 また好からぬことを考えているのだろうと、シャウロンは牽制する。
 しかし、ウルキオラはシャウロンを振り返って、ニィと笑みを浮かべた。
「これにする、」
 たまげたのは、シャウロンだ。
「ななな何を考えていらっしゃるのです、貴方は。」
 普段からあまり表情を動かさないシャウロンが、珍しく狼狽している。
 無理もない、この水浅黄は、犬ではなく人間なのだから。
「これは捨て犬だろう、」
「……犬ではありません、」
「だから、これから俺の犬にするのだ。……シャウロン、車まで運べ。」
 ウルキオラが云い出したらもう何の声も聞かないことを、長い間執事をしているシャウロンはよく知っていた。
 諦めるに限る。
 シャウロンは倒れるその「犬」を抱き起こし、車に運んだ。